●夢を夢で終わらせない為に
転落事故から4ヶ月が経った後、現場に復帰する事が出来た。
親方には当初の予定通り退職させて頂き、自分のペースで仕事が出来るよう独立の道を選んだのだ。
会社勤めの頃の噂から、仕事を頼んでくれるお客さんが少しずつ増えていった。独立して一年後にはたくさんのお仕事を頂き、徐々に職人さんも増えていった。
当時はリフォームの現場がとても多く、築後20年〜30年の現場ばかりでした。
その中でも葉山エリアでは水回りの工事をしたり、雨漏りのお宅を修理したりと、床や外壁、内壁をはがす大改造的な仕事が殆ど。。。
この様なお宅では必ずと言って良いほど、基礎が下がってしまい(不同沈下)建物が変形したり、構造部分の土台が無くなっている(炭化していたり、腐ってなくなっていたりする)事で、家の加重に耐えられなくなり、外壁にクラックが入る。そして雨漏れはし放題という見るも無惨な状態だった。
そんな家に住んでいるお客さん達は、私達が位説明しない限り、その事に全く気づいていない。
『住宅ローンも払い終わらない、20〜30年程度でここまで痛む家は造ってはいけない』
私はそう思った。
下がらない基礎を作る。そして、土台や構造材は湿気やシロアリに強い木材を使おう。
『湘南の家を造り、そこに暮らす家族が幸せに暮らせる為には。。。』ただ、それだけを考えて、たくさんの材料を調べ上げた。
『レッドシダーではすぐに腐ってしまう。何かほかに良い木材は無いのだろうか』そして究極と言われる青森ヒバにたどり着いた。
青森ヒバは水や湿気に強く、葉山や逗子、鎌倉といった自然環境に必ず蔓延るシロアリにも強い。
『この木材が安く購入できる様になれば、痛みの少ない家が造る事が出来る!』
そうして、たくさんの木材業者を廻った。
湘南や横須賀、横浜、さらには東京の市場まで直接交渉を頼みにいった。
でも、価格はそれほど下がらない。
で、あればいっそ青森まで行ってしまえば。。。
そう思い、今度は青森まで仕入れの交渉に出向く事にした。
しかし、現実は甘くなかった。神奈川から来た、市場の取引き権も無い30そこそこの私に木材を卸してくれるところなど、どこにも無かった。
神奈川に戻り、少しでも私のネットワークに協力してもらい、ようやく一件だけ紹介してもらえる事になった。
私は有り金であった50万円を握りしめて、青森まで行き『これで買えるだけの青森ヒバを私に売ってください』と頼み込んだ。
50万円で購入できる青森ヒバなど、たいした量にはならない。けれど、そんな私をみて製材所の社長は『いいよ、そこまで真剣に建て主さんの事を考えているんなら、50万円分送ってあげるよ。その後の取引きもあんたを信用して注文分送る事を約束する!』
本当に嬉しかった。
これで、ようやく国産材をつかった自然素材の家を造る事が出来る。しかも圧倒的に価格を抑えた自然素材の家を。。。
張りつめていた糸が切れた様に、その日は夜行電車の中で泥の様に寝入った。
この頃、私はストックヤード兼作業場、そして事務所も併設する2F建ての『ほったて小屋』を建てた。
それからは定期的に青森から材料を送ってもらい、国産の優れた木材を仕入れて、新築やリフォームの家造りに励んだ。
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